1・一般家庭の定期調律(平均率)の手順。
b:調律師が調律時におこなっている調律以外の作業・点検


 ピアノの調律を依頼された場合、「調律」とは、「音程を合わせること」になりますので、厳密に言えば自然変化や演奏によって伸び縮みした弦の張力を正しくバランス良く整えることになります。つまり、調律師が使う工具は「調律の手順」で解説した工具だけで済むことになります。となれば、ハンドバック程度のもので用が足りますが・・・実際の調律師のかばんには様々な工具が入っていますので、けっこう重いかばんになっています。
 調律工具かばんに常備している工具や修理用の部品は、お客さまのピアノの状況や作業予定の内容によって異なります。車で出張している調律師の場合は、かばんの他に車の中にも修理用工具や修理用部品を積んでいますし、さらに自宅や事務所には様々な工具や部品を用意しています。
 修理することがはじめからわかっている場合は別として、通常1年に1〜2回程度の定期的な一般家庭のピアノの調律の場合でも、調律用の工具以外にいくつかの工具や部品を持ち歩くのは、統計的に微調整がこまめに必要な部品の調整工具や、過去にお伺いした際に必要を感じた調整工具や部品があったからです。
 調律中に修理や調整が必要な部分を発見した場合、その場で調整したり応急処置をどこまでするのか、後日に再度お伺いして調整や修理をするための部品や工具の範囲をどこまでとするのかは個々の調律師の考え方によりますが、「調律」にお伺いした際にピアノの中身の状態について説明したり修理や調整を勧めることができるのは、すべての鍵盤を1つ1つたたきながら「音合わせ」をしているときに、タッチやピアノの部品のいたみ具合などを点検しているからです。
 どの程度まで無料で調整してどの程度から有料修理とするのかは、楽器店や調律師によって差がありますが、費用の点は別として調律時に点検している主な点をあげてみます。
■各部品を固定している「ねじ」のゆるみのチェック。

 ピアノには本体のパネルやふたをとめているねじの他、ピアノのふたをあけると姿をあらわす「アクション」と呼ばれる鍵盤の動きをハンマーに伝えるための部分には、数百個のねじがあります。ねじは木と金属をとめるものや、木と木をとめるもの等、どれもゆるんでは部品が外れたり雑音の原因になったりしますので、ゆるみかけたねじは、調律をしながらチェックして増し締めをします。ねじがゆるんでいると、鍵盤をたたいたときに独得の雑音が出たり部品の動きブレが見られますので、中身の部品のねじのゆるみは発見しやすいです。
 明らかなゆるみを発見しなくても、ねじがゆるみかけているのをゆるむ前に念のためにチェックしたり増し締めをすることもあります。毎度調律のたびにすべてのねじのゆるみをチェックするのか、何年かに1度チェックするのか、ゆるみを発見した際に他のねじのゆるみをチェックするのかは、調律師の考え方の他、お客さまのピアノの状態やピアノの設計、ピアノが置いてあるお部屋の年間の冷暖房などの湿度変化の状況によっても異なります。同じ調律師が継続してメンテナンスをする場合は、お部屋の環境とピアノの中身の状態の関係を把握できていますからピアノの年間の変化も予測できますので、より効率良く的確なねじの点検ができます。

■弦のさび・調律の狂いの特徴から、ピアノに対するお部屋の環境の影響を判断する。

 一般家庭の調律では、1年間に1回のペースで調律をされるピアノが最も多いです。しかし、ピアノの状況の変化は演奏される演奏内容の他、お部屋の環境に大きく左右されます。例えば、毎年夏に1回調律にお伺いする場合、冬にお部屋の環境がどうなっているのかは、その場ではわかりません。夏はたまたま調子が良くても、実は冬にピアノのそばで石油ストーブが使われていて、石油ストーブから発生する水分によって木がふくらみ部品の動きが悪くなったりしているかもしれません。しかし、ピアノの中味の部品の状態の変化を見ることで、違う季節のピアノの周囲の環境を想像することができます。
 これも、同じ調律師が継続してメンテナンスをしていると、前回お伺いした際に作業したり点検した時との変化の特長によって、ピアノに悪影響を及ぼしている原因をより的確に想像できたり判断することができます。
 調律の狂いは、演奏して狂った狂い方と環境の変化によって狂う狂い方には違いがあります。特に、ピアノに直接エアコンの風が当たったり、直射日光が当たったりした場合は、部分的に音が高く狂っていたり、波を打ったような狂い方をしたりします。また、ピアノの中とお部屋の気温差が大きくなることが多いと、ピアノの中の木が結露を起こしますので、ピアノの木にカビが生えたり弦の表面に短期間で赤さびが発生したりします。長くお使いいただく上で問題があると判断した場合には、調律師はお客さまへ、お部屋の環境について工夫をお願いしたり冷暖房器具の風の向きや配置についてアドバイスをします。
 もちろん、ピアノをお使いの演奏者のかたも、季節によって調子の悪かったことがあった場合には、いつごろドのような不具合があったのかを調律師に伝えましょう。症状によって、細かく点検する箇所を絞れますし、不具合の原因を判断して日ごろのお部屋の環境についてのアドバイスを調律師にしてもらえます。
■木やフェルト部品の「いたみ具合・消耗度合い」のチェック。
 ピアノの中味の部品は100分の1ミリ単位の調整がおこなわれている部分が多く、環境の影響も含めて、演奏者のタッチのくせなど演奏内容によっても中身の部品の調整のズレやいたみ具合に差があります。例えば、弦をたたいている「ハンマー」という部品は羊毛のフェルトでできていて、鍵盤の深さ「約10mm」を演奏者がたたくときに、ハンマーは演奏者が鍵盤を押したスピードの何倍もの速度でおよそ48mmの距離にある弦まで動いて戻ってきます。各回転部品の軸や鍵盤の下などにはクッションや雑音防止、動きのスムーズさのために多くのフェルトが使われており、これらは消耗していく部分です。ひんぱんに交換するものではありませんが、ある程度交換時期が近づいた場合には、交換の必要性をお客さまに説明します。ハンマーなら表面の削りなおし(ファイリング)作業ができ、鍵盤下のクッションならフェルトやクロスの交換ができます。いずれも調律費用とは別に部品代や作業料金が必要なため、調律師から説明を良くきき、実際にフェルトが消耗している状況も演奏者も目で見て確認しましょう。
■鍵盤やハンマーなどの調整「タッチ」の狂いの点検。

 鍵盤のタッチの感触は、鍵盤の深さ、高さの他、中の多くの部品からなる「アクション」の多くの調整項目の関連性によって決められます。ピアノの設計や演奏者の好みによって、必ずしもすべてのピアノが共通した基準値を持っているわけではありませんが、強弱の差がより良く出せるのか、早い動きに対応できるのか等、そのピアノの性能を最大限発揮した状態で使っていただきたいものです。
 木やフェルトなど、環境の変化をいけやすい自然素材を使っているため、常に完璧を目指しても例えば年に1回のメンテナンスでは、年間を通して完璧とは行きませんし、タッチの調整の精度も突き詰めればきりがないとも言えます。ピアノの演奏が標準的な使われ方の場合、楽器側に求められるおよその許容範囲があるのが実情です。もちろん、調律師側であまりにこの許容範囲を広く判断しすぎてはいけませんが。
 調律する際には、すべての鍵盤を数回以上はたたきますので、タッチの全体的なズレや個々の鍵盤タッチのムラは調律中にも感じることができます。微調整で短時間に直せる範囲内なら調律をしながら調整工具で修正します。この場合は費用も無料サービスでやってもらえることが多いです。全体的なズレや少しまとまった時間をかけて調整の修正をする場合や部品交換が必要な場合には、費用も別になると思いますが、その場合は調律師にどの部分の調整をするのかを説明してもらってください。構造の物理的な関係を理解できなくても、高さや前後位置などの調整は、ピアノの部品の場合電気製品と違って部品が大きく各部品の動きも目で見てわかりますから、仮に費用が別にかかったとしても何の調整が狂ってしまったのかを理解することで安心して長くピアノを使えると思います。
 なお、演奏者が演奏中に気になったタッチの不具合やムラがあった場合には、調律前に調律師に伝えておきましょう。時と場合によって起こる不具合だとたまたま発見できないこともありますし、ある一定の方法で演奏したときに起こる不具合は、調律の際の鍵盤のたたき方では症状が現れずに、見逃してしまうこともあります。数千もの部品で構成されているため、調律師だけではなく、ピアノの日々の変化を最も良く知っている演奏者の協力がないと、より良い調整作業はできません。
■「ペダル」の動作の点検調整。

 ピアノには2〜3個のペダルがありますが、これらはオン・オフの調整をねじによって調整しています。どのタイミングでペダルがかかり始めるのか、きちんとペダル効果のオン・オフができるのかは、調律の際に点検しています。部品交換が必要な場合もありますが、ねじの調整部分に関しては演奏することで徐々にゆるんできたりしますので、正しいポイントでペダルが動作するように微調整をします。
 演奏者からペダルの動作について希望があれば、正常に動作する範囲内でペダルの作動ポイントを変更調整することもできます。
■虫くいの被害やほこりのたまり具合の点検・清掃。

 ピアノの中には羊毛部品が多用されているため、セーターやスーツなどのウールにつく虫がピアノの中にも繁殖することがあります。ゴキブリやねずみが入って排泄物によるさびやカビが発生することもあります。また、お部屋の環境によっては、ほこりがピアノの中に多くたまってしまうこともあります。調律の時にはパネルをはずしたり中身の部品の点検をしますので、これらの被害状況も確認できます。清掃に関しては楽器店によっては毎回、調律の際に掃除機で掃除することを標準作業としておるところもありますが、ピアノを維持していく上でどの程度の清掃作業が必要かは調律師の判断の差の他、ピアノの使われ方やお部屋の環境によっても異なります。鍵盤の下の部分にはほこりがたまりやすく虫もつきやすいですが、継続して同じ調律師がメンテナンスをしている場合は、湿気がたまりやすい状況までほこりが多くたまれば掃除機をお借りして掃除をするという「ほぼ数年間に1度」鍵盤をはずした掃除をして、通常は部品の表面のほこりを取ったりからぶきをしておくことが多いようです。虫くいの被害があたっときには、調律師から報告があると思います。必要な箇所の部品交換や清掃はすぐに行います。ただし、虫くい被害があった場合でも、防虫剤をやたらと入れるわけにはいきません。弦というデリケートな金属への影響を考えなければなりませんので、市販の防虫剤やピアノ用防虫剤をピアノの中に入れる場合には、調律師のアドバイスを受けてください。
■「音色」のムラや変化の点検。

 普段の演奏内容や演奏時間の影響、お部屋の環境の影響によって、ピアノの音色は調律以外に自然に変化して行きます。特に、弦をたたいているハンマーフェルトの変化は音色に大きく影響します。あまり使わない上に結露が多い環境ならフェルトに含まれる湿気の量が多くなり音色がこもりますし、ピアノの右側と左側で湿度の差があれば低音と高音の音色に違いが出ます。演奏内容も、激しいタッチで弾けばハンマーの先端が弦のあとが深くついて圧縮され、音色は硬くなります。また、曲目やジャンルによっても良く登場する音域や良く登場する音とあまり弾く機会がない音の差はありますから、そこでも音色にムラが出ます。音色の全体の変化やハンマーの先端の減り具合については、全体の音色変更作業やハンマーの削りなおしの作業の必要性をお客さまに調律師から説明があります。費用や作業内容の程度の説明をよくきいて不明な点は質問してから作業を依頼してください。音色のムラについてはあきらかにとなりの音色との差が大きいといった箇所については調律をしてきれいな音の響きにした上で、周りに比べて違和感のある音色については修正をすることがあります。部分的な音色のムラの修正については、費用も安かったり無料サービスの範囲内で済むことも多いです。
 その他にも、たくさんのチェック箇所はあります。チェック内容は対処方法には、調律師によって判断基準に差がありますから、調律師が変わったときには以前の調律師とは違うことをいわれたり違う作業をすることもあると思います。例えば引越しなどで調律師が変わったときにも、今までのピアノの状態の経過や作業内容を新しい調律師に伝えることで、調律師も新しいお客さまのピアノのメンテナンスをする際に、ピアノの現状だけでなく、過去のメンテナンスの内容を知ることで、年数の経過による部品の傷み具合以外に、環境の変化や演奏者の使われ方もより正確に早く知ることができますので、結果的にピアノに負担も少なく効果的なメンテナンスを受けることができます。
 より長くピアノをお使いいただくためにも、調律師の作業内容はアドバイスには興味を持ってください。
 なお、ここで述べた内容は文章で説明してもわかりやすい範囲内の事柄を書きましたが、調律の際に「ついでにやってくれる作業」は、ある程度決まった時間内(一般的な調律作業時間)で、どの点に重点を置いて作業・点検するのかによっても作業の時間配分が違います。例えば、中身の掃除を掃除機でするよりもタッチのズレのほうが気になるとか、音色のムラを整える以前に、あまりにも冷暖房基部の影響で一部分の音程が狂い過ぎているので調律に時間をかけたい等です。また、調律師によっても得意な作業や反対にあまりおこなっていない作業にも差がありますので、例えば音色の調整は普段あまり経験や知識がない調律師の場合は無理にやらせてしまうとハンマーの寿命を縮めてしまうこともあります。
 やはり、信頼できる調律師に継続してメンテナンスしてもらうことが、理想ですね。