ピアノを弾いて心から楽しんだり心地良くなったりするためには、演奏者の気持ちをピアノが表現してくれる必要があります。

 ここで言う「ピアノ」とは、弦をハンマーがたたいて音を出す、アコースティックピアノのことであり、デジタルピアノなどの電子楽器は、除外します。電子音にはそれ特有の楽しみ方があると思います。ただ、ここでは、アコースティックピアノの特有の楽しみをこだわっていきたいという目的のために、電子音は含まないでおきます。グランドピアノ・アップライトピアノの区別は、ここでは必要としません。

●あなたにもできる!自分のピアノをもっと自分の好みの音にしましょう。

 ピアノを弾いていて気持ちよくなるためには、ピアノそのものの音色が演奏者にとって気持ちの良いものでなければなりません。そして、鍵盤のタッチも演奏者に合った弾きやすいものでなければいけません。さらに、弾いているピアノの音がお部屋の空間に美しく響いていて・・・・・・思いきり自由な時間に弾いてもご近所への音漏れの心配も無い、自分専用のコンサートグランドピアノとコンサートホールがあれば・・・・・・などと欲を言いすぎてしまっては、ほとんどの人の場合は非現実的な夢のお話になってしまいます。
 ですが、与えられた環境の中で少しでも気持ち良く演奏できる方法があれば、しかもそれが簡単にできることであれば、ちょっぴり工夫してみても良いですよね。ここでは、プロの演奏者にしかできないようなことや、高額な費用がかかるような難しいことは言いません。簡単な工夫で、今までよりももしかしたら「ちょっとだけ気持ち良くなれる」かもしれないことをお話してみます。
 簡単な内容ですから、これからお話することは、ピアノ好きのあなたならもうすでに実行されていることばかりかもしれません。ですが、そんなピアノマニアな方でも「簡単チェックシート」のつもりで読んでみてください。
 このページをご覧になったピアノ好きな方々の中で、1つのことでも、お一人の方でも、今までよりもさらに「ちょっとだけ幸せ」になれたらいいなぁと思って、私の経験から感じたことをできるだけ理論を抜きにしてお話してみます。


●ピアノは日々音色が変化します。

 ピアノを購入したときに気に入った音であっても、ピアノの音色は、お店から設置場所が変わってご自分のお部屋に設置されると、お部屋での音の広がり方や音の反響の仕方が違いますから、当然お店で弾いたときの音の印象とは異なります。
 さらに、ピアノの木や金属やフェルト部品も、環境が変わることで部品に含まれる湿度が変化するために響きに影響します。思ったよりも良い音だと思えればいいのですが、思ったよりも音の響きが悪く感じるようなら環境を整えなければなりません。
 ピアノは新しいお部屋の環境に慣れてくると、部品の状態も落ち着いてきてバランスの良い響きになっていきますが、演奏者が時間をかけて弾きこんでいくにしたがって、演奏者が弾いているタッチや音色のくせにより徐々に変化していきます。
 このようにピアノの音色は変化していくわけですが、自分にとって良い音のピアノにするためには、これらの音色の変化を自分にとって良い方向に導いてあげることが必要です。

●環境の変化からピアノを守りましょう!

 ピアノは、木や金属が振動することによって音が出ますので、木や金属の状態の変化があれば、当然音は変化します。弦をたたいているハンマーも羊毛(フェルト)でできていますから、湿度の影響を受けます。
 例えば、温度・湿度の変化で金属の弦が延びれば音程は低く下がり、反対に弦が縮めば高くなります。木やフェルト部品に湿気が多く含まれれば、音色はこもりますし丸い音色にも感じられるでしょう。反対に乾燥すると、音色は硬くかわいた響きになります。問題なのは、このような温度・湿度の変化によるピアノの音色の変化は、部品が環境の変化のせいで変化するこちによるものであり、決して弾く人の好みにそって変化したものではないということです。もちろんピアノ自身からみても、ピアノそのものが望んでいる変化ではありません。

 そこで、いかに温度・湿度の変化を少なくするかが重要です。美術館や博物館のように24時間一定の最適な温度・湿度に保つことは一般の家庭では不可能ですね。しかし、環境の変化をできる限り減らす努力をしなければ、調律を定期的にしていただいても最大限のピアノの性能を発揮できません。ピアノ愛するあなたなら、きっと努力・工夫していただけると信じています。
 一般家庭でピアノに最も影響する環境の変化は、エアコン等の冷暖房器具です。まず、エアコンの風がピアノに直接当たらないように工夫してください。そして、エアコンを使用する場合は、パワーを控えめに弱風にしたり、はじめの温度設定を急に温度が変わらないように設定しておき、どうしても不十分なら、ある程度お部屋の温度が変化した後に設定温度をさらに変更するようにします。1度に10度も気温が変わるようなことを繰り返したら調律だってすぐに狂ってしまいます。
 最近は気密性の良い住宅が多くなり、一方で共働きで留守がちなお宅も多くなりました。そうなると、めったに窓を開けて風を通さないというお宅もありますが、実は、エアコンがあるから換気しなくても大丈夫と思っている方は、ピアノが結露を起こしたりカビやさびが発生しているかもしれないことを心配してください。窓を開けて風を通すということは、想像以上にお部屋の空気が新鮮になるのです。それがピアノの木などの部品の状態を若く安定して保てることにつながるのです。また、自然な風通しは湿気がピアノの裏側や下にたまるのを防ぎます。
 また、良い音で楽しむ為にはピアノの上にものがないほうが良いのですが、そうは言っても楽譜くらいは・・・まあ良いでしょう。しかし、ピアノの上に水の入った花瓶や水槽を置くのは言語道断です。万一、水がこぼれてピアノの部品にかかってしまったら、修理をしても完全に元の状態に戻すことはできません。音がこもったり故障がついたり、大掛かりな修理になることもあります。ダイニングキッチン、北側の部屋、窓のそば、加湿器の使用、川沿いの家などに設置してある場合は、適度な除湿対策も必要です。
 適度な温度・湿度の管理状況は、調律師に定期的に調律してもらうことで、調律師からアドバイスがありますから良くきいてください。


●お部屋のタイプ・広さと、ピアノの相性。

 さて、ピアノの音色への影響には、ピアノが設置してあるお部屋での音の響かせ方も考えなければなりません。音楽用のコンサートホールが、壁や床の素材・形・反響板などによって、客席により良い音を響かせるために様々な工夫がされていることは、皆さんもよくご存知のことでしょう。一般家庭では、ピアノのお部屋をコンサートホールのような音響を考えた空間にされていらっしゃる方は、少ないと思います。それだけ、悪い状態でピアノを響かせているということになりますが、ピアノが設置してあるお部屋がピアノ専用のお部屋でなければ、現実問題、音響効果を考えた設計のお部屋にすること自体難しいですね。
 しかし、これからピアノを購入される方や買い換える方、ピアノの設置場所を移動する可能性がある方は、まずピアノを設置するお部屋を選んで見ましょう。

 お部屋のタイプによる音色の違いをおおざっぱに分けると、フローリングの床の部屋やコンクリート壁のお部屋では比較的かたい音、はっきりした響きが表現しやすく良く響きますし、畳の部屋や厚手のカーペットが敷いてあるお部屋、ベットなどの寝具があるお部屋では、ピアノの音が吸収されやすいために比較的柔らかい音の表現がしやすくなります。
 お部屋とピアノのサイズの相性もあります。広いお部屋では大きなピアノなら残響効果も期待できる反面、小さなサイズのピアノでは音が散ってしまって演奏者の耳にきれいに聞こえづらいこともあります。反対に小さなお部屋では壁から跳ね返る音がよく聞こえますので、自分が演奏している音を良く聞き取れますが、残響が少なかったり、大きなサイズのピアノだと響きすぎて耳が疲れることもあります。

 どういう音色が好みかによっても良し悪しは違ってくるでしょう。広いお部屋でフローリングの床であると、ピアノの音が素直に響きやすいことが多いです。ホールの環境に似ていますね。しかし、一般家庭の場合、ピアノの調律や部品の調整状態が長く安定しているのは、薄日のあたる南向きの和室に設置してあるピアノであったりします。このお部屋がめったにエアコンを使わない客間だったりすると、1年間で自然に狂う音もかなり少なく抑えられます。畳の部屋のほうが、畳自体がある程度の湿気を吸ったりはいたりしてくれるからです。(最近良く見られるマンションなどの畳風のパネルでは、表面がい草でも中身が本来の畳ではないので湿気を吸ってくれないことがあります。)ピアノにとって良い環境というのは、長持ちすることでもあり、より良い響きを表現できる空間でもあり、そのバランスをとることが、一般家庭のピアノには求められていますから、判断も難しいところです。

 細かな点では、音が響きすぎてうるさく感じるのであれば、厚めのカーペットを部屋に敷く、ピアノの後ろに毛布をたらす(最高音部はふさがない方が良い)、または後ろにスポンジの入ったマットレスを立てかける、逆に響きを良くするのであれば、ピアノと壁の隙間を広げる(アップライトピアノの場合)、ピアノの周りや上にあるものは出来るだけ少なくする、など工夫できることはいくつかあります。


●ピアノにあなたの息を吹き込みましょう。

 息を吹き込むと言っても管楽器ではありませんから、ピアノの中に「ふーふー」と息を吹き込んだりしないでくださいね(笑)
 設置場所も決まったら、次にピアノの音色を左右するのは・・・精密に調整されている数多くの部品たちを良い状態にしなくてはなりません。「あ〜、調律してもらうんでしょ」何て思っては、まだ気が早いです。その前に最も大切なことをしておかないと、調律師に来てもらってもただ音程の高低をそろえて故障がなければそれで終わり。ピアノの最大限の性能はまだまだ出せません。まずは、演奏者自身が愛情を込めて弾きこむことです。、ピアノには消耗する部品もありますから、弾き過ぎれば確かに消耗するのも早くなります。しかし、1週間に10分も弾かないなんてことになるとピアノの音が良くなる前に、自然の環境の変化にピアノが影響を受けるばかりです。
 ピアノが音を出すスピーカーにあたる部分は厚さが1センチ近くある、ピアノの裏側の木の板です(響板)。常に振動させてあげないと木がそったり、湿気を含みすぎて音がこもってしまったりします。弦も硬い鋼鉄線で出来ていますから振動させてあげないと言うことをきかなくなってしまいます。弦をたたくハンマーのフェルトも良質の羊毛を使って、その硬さもピアノの設計や特徴に合ったものに調整されています。これらの部品を演奏者の個性ある弾き方でくせをつけることが、「自分のピアノ」に仕上げていく重要な作業なのです。
 何よりもピアノの音色を決定付けるのが、日頃の「弾き方」です。演奏方法、タッチ、演奏曲目、ジャンルなどの他、特定の演奏者が使用するピアノの場合には、演奏者独特の個性がピアノの個性になっていきます。演奏時間にもよりますが、例えば、初心者の子供が普通の音楽教室に通って、家で毎日30分の練習をしていらっしゃいと先生に言われながら、とても毎日は・・・といった程度であったとして、新品のアップライトピアノでおよそ5年くらいでピアノの音色などのくせが表れます。1日に1時間から2時間もお弾きになっていれば2年程度で演奏者のくせがピアノについています。その特徴は、音色の他、ピアノの弾きごこちにも変化が出てきます。鋭い音を好むジャズピアニストのピアノが、強いタッチで弾かなくてもキーンと響く鋭い音の出るピアノになったり、声楽の先生が主に伴奏用に使っているピアノが、丸く柔らかい音色のピアノになったり。やさしい音、激しい音、輝きのある音、透明感のある音、厚みのある音、それらは、演奏者の心の中を映し出しているようです。
 「良い音のピアノ」とは、他人が決めるのではなく、自分が決めるもの。そしてそれは自分自身の手で仕上げて作り上げて行くものです。もちろん、調律師にその手助けをしてもらいましょう。


●演奏者と調律師の2人3脚でピアノを育てていきましょう。

 最後には、ピアノの状態を、ピアノの部品達すべてがバランス良く、そして、ピアノの持っている性能が最大限発揮できるように調整してもらわなければなりません。ピアノの構造は、他の楽器と比べて複雑であり、部品の数が多いだけでなく、その調整にも、0.025ミリ単位で調整されている部品も多く、調整には高度な技術が求められます。音の高低を正しく整えるのも、1本の弦が80kgで引っ張っていてそれが200本以上も張ってあるピアノにとって、大切な作業です。調律することによって、弦だけでなく周囲の木などの部品もバランス良く響いてくれるのです。

 ピアノの中身の詳しいことについては、 調律師に訊くのも良いでしょうし、専門書で勉強するのも良いでしょう。ですが、まずは、ピアノの調律師に任せておきましょう。調律師は毎日色々な個性のあるピアノを調整しており、経験年数を重ねた調律師は、ピアノの1年後との変化を見ることで、そのピアノが将来どのように変化していくのかまで予測できます。演奏者からは、調律師にも自分の気持ちを理解してくれるように、積極的に調律師にピアノの話をしたりきいたりしてみましょう。語り合っていくことで、より一層演奏者の好みに合った調整をしてもらえるでしょうし、使用環境に合ったピアノの維持方法のアドバイスも受けられます。
 たまたま担当した調律師に不満を感じたら、その場で率直に質問したりお願いしてみてください。調律師も「ピアノが大好き」で仕事をしている人がほとんどですから、話し合うことで、その調律師の考え方やピアノへの愛情も必ずわかってきます。調律師に良い仕事をしてもらえるように対応の仕方も工夫すれば、調律料金もより有効になることでしょう。