1・良い調律・良い調律師編
調律師になるには、どこで勉強するの?



 ピアノの調律は、ピアノの構造、理論、そして感性も含めて多くの要素を必要とします。仕事の内容が特殊であり、経験をつんで上達していく必要性があるため、昔はピアノの製造工場や修理工場で、先輩の仕事を見て習って覚えていくしかありませんでした。音楽大学で調律の授業を選択して勉強するといったものではありません。職人の世界です。

 現在は、ピアノ調律の専門学校やピアノメーカーの養成所で勉強することができるようになりました。ほとんどの学校で、2年間勉強すると、ピアノの構造や調律・調整技術のやり方だけは一通り覚えることができますので、きちんとした成績で卒業できれば、その学校を信用している楽器店やピアノ工場に所属して調律師として仕事をすることができます。
 しかし、理論だけではなく、感性も必要になりますから、全員が2年間で調律師になれるわけではありません。自分が調律師になれるかどうかは、悲しいことに実際に学校で勉強してみて卒業するころには自分で判断できてしまいます。調律の仕事は、調整が間違っているかどうかを判断することは易しくても、正しく、さらにバランスよく効率よく作業することが難しいのです。

 もちろん、就職しても、日々個性のあるピアノとの出会いで、1台1台経験をつんでいくことでそのピアノに合ったより良い調整ができるようになっていきますから、仕事をしている限り調律の勉強に終わりはありません。ピアノの音にこだわっていけない人には、この仕事はむいていません。何年も同じピアノのメンテナンスをしていくことで、自分が行なった作業がピアノにどう影響するのかも日々の仕事の中で学んでいきます。さらには、演奏者の好みやお部屋の環境の影響も作業方法に関わってきます。

 なお、調律師には、国家資格はありません。免許制度はないのです。しかし、趣味程度に知識だけ身に付けてピアノを調整するのは、絶対にやめてください。ピアノがいかにデリケートなものなのかがわかった上で調整をしても、完璧な調整というものにはなかなか届かないのがピアノの調整ですから。何年間も経験を積み、何千台ものピアノを調律することで、少しずつピアノに優しい作業、演奏者に好まれる作業がわかってくるのです。調律の世界は「天才」だけでは通用しません。



<なぜ、ピアノの演奏者が調律しないのか。>

 ピアノの調律は、ピアノの音を合わせるのが仕事です。管楽器・弦楽器の場合は、演奏者が自分でやっていることです。ところが、ピアノの場合は、調律師が音を合わせます。
 なぜ演奏者が音を合わせないのか。それは、音を合わせなければならないピアノの弦の数がおよそ200本以上と非常に多いことと、その音域も広く、音を耳で聞き分けてどの程度高いのか低いのかを正確に細かく判断するのがあまりにも大変だからです。
 全体のバランスをとるのも大変です。1つ1つの音が正確であっても、ピアノの響き方の癖、お部屋の環境、演奏者のタッチの癖や好みによって、全体のバランスをとらなければ、単音で弾いて良い音であっても、曲を弾いてよい響きにはならないのです。
 さらに、ピアノは、多くの部品で構成されているため、修理や調整には、それらの構造を勉強しないとピアノのタッチや音の響きを良くすることができません。さらに、これらの部品は、木や金属、フェルトといった、温度や湿度の変化を受けやすい部品で構成されているので、こまめな調整が必要です。0.025ミリ単位以下で細かく調整しなければならない部品が、部品の回転部分のほとんどで使われているのですから、いかに細かい作業が求められているのか、おわかりいただけましたでしょうか。
 そして調律師に求められる大きな問題は、ピアノが調律後にどうなるのか、です。すぐ調律が狂ってもいけませんし、狂うにしてもバランスよく狂わないと違和感を感じます。さらに、何年も長く使うピアノですから、各部品の状態も把握して、その都度必要なメンテナンスもしなければならないのです。ピアノの将来を予測する力も必要なのです。