1・良い調律・良い調律師編
長期間調律しなかったピアノは使えるの?


 ピアノの調律は、ピアノのレッスンをやめたり誰も弾かなくなったりすると、ついつい調律をしなくなってしまう方もいらっしゃいます。一般の楽器店のお客様をみているとピアノをご購入されてから平均して7年ほど経過すると、残念ながら約半数くらいの方が、1年に1回の定期調律をされなくなる印象です。
 調律代金も一般に1万円を超える料金ですから、使ってないし〜音は出るし〜と、節約されたいお気持ちもわからないわけではありません。しかし、調律しないまま10年、20年と経ってしまうと・・・さて、購入するときに何十万円もしたこのピアノは、使えるのだろうか?修理・調律すると費用はいったいいくらに?といったご質問が、最近非常に多くなってきました。ちょうど、幼稚園、小学生のお子さんがいらっしゃるお母様の世代に、ピアノをお持ちの方が多くなってきたことも理由のようです。

 長期間放置されたピアノの場合、まず、通常の演奏やレッスンにピアノとして使えるのかどうか、以下の心配な点があります。これらは、個々のピアノの保管してあったお部屋の環境や部品の痛み具合の状態により差がありますので、年数だけでは判断できません。最終的には作業してみないとわかりません。なお、今回はあえて最悪の事態をあげてみました。

<心配1>
 調律をする際に音程を調整するための弦をとめているピン(チューニングピン)が、ピン板と呼ばれる木の劣化や、エアコン等による湿度の変化、移動など環境の変化により、ゆるくなっていないか?割れていないか?

(どうなる?)

 弦をとめているピンがあまりにもゆるすぎると調律をしても弦が止らず、ピンや弦の交換をする以外、事実上調律ができません。大掛かりな修理になれば高額な費用が必要ですし、修理工場での作業になることもあります。

<心配2>
 弦が長期間ゆるんだ状態で木や鉄骨に密着している為に、または、さび等により弦が劣化して、調律することで弦が何本も切れてしまわないか?

(どうなる?)
 弦が1本切れると弦交換には1本につきおよそ6,000円から10,000円程度の費用が必要です。ピアノには平均220本前後の弦がはってあります。何本もまとめて切れることはめったにありませんが、弦の耐久性は劣っている可能性はあります。また、今まで弦がゆるんだ状態で木との密着が落ち着いていると、調律することでむしろ響きが不安定になり、狂いやすかったり雑音が出たりする可能性もあります。
 ピアノの弦は、およそ1本80kg程度の力で引っ張っている状態で、正常な音程を出します。ピアノ1台分の弦すべての引っ張る力を合計すると15トンから20トン近い数値になります。この張力が長期間調律されなかったことで極端に弱くなっていると、何十年ぶりに力がかかることで、弦の力がかかっている木や金属部品に、かなりの負担をかけることになります。調律して間もなく、ピアノの音を出している響板や駒の木が割れてしまうこともあります。

<心配3>
 鍵盤や中の弦をたたいているハンマー等部品の動きが悪い個所がないか?音が出ないところがないか?タッチが重くなっていないか?音がこもっていないか?

(どうなる?)
 ピアノの部品は、数千個もの部品で作られています。しかも一般の木工の世界では信じられないほどのきわめて精密な調整がされています。製造される時点で100分の1ミリ単位での精度が求められています。弦をたたいているハンマーなど中のアクションと呼ばれる多くの部品は、回転軸のしん棒(センターピン)の部分で、0.025mmの太さの違いごとに製造・修理用の部品があるくらいです。しかし、通常は弾いていただいたり調律の際にこまめに点検することで、万一、多少部品の動きが悪くなったとしても簡単な微調整で直すことができます。ところが、何年も使っていないと、湿気が中にたまってしまったり、木がかびたりそったり、数百本もある金属のしん棒がさびたりと、簡単には直せない状況になっていることもあります。
 しばらく使わなかったピアノを久しぶりに弾き始める場合、一度調律や修理をしても、その後弾き込んでいくうちに他の場所があとから動きが悪くなることもあります。しかし、ゆるく調整しすぎると、その後に長時間演奏されたり、お部屋の湿度が下がることで、反対にゆるくなりすぎることもあります。すぐに本格的な精度の高い演奏を必要とされるのでなければ、ピアノに無理な修理で負担をかけないように、2〜3年かけて徐々に「故障したら直す」を繰り返していったほうが、ピアノの部品の調整も必要最小限で済みます。1回の作業では、完全な修理は不可能であることをご理解下さい。

<心配4>
 内部の羊毛(ウール)部品が虫にくわれていないか?ねずみ・ごきぶりなどの排泄物がたまっていないか?

(どうなる?)
 ハンマーのほか音を止めるフェルトやクッション用のフェルト等、ピアノには多くの羊毛部品が使われています。これらは、洋服ダンスの洋服と同じように、虫にくわれる危険性があります。 演奏していたり調律していれば、万一虫にくわれかけても、被害を最小限に抑えられます。定期的に調律をしておけば、虫の被害は調律師が早めに発見することもできます。しかし、長期間調律されていないと、部品のほとんどを粉々に食い尽くされていることが多く見受けられます。部品によっては交換費用が高いものもあります。
 ねずみやゴキブリの排泄物が中にたっぷりたまっていることもあります。これらの排泄物が木やフェルトに染み込んでいると、部品の動きを微調整しても故障を繰り返してしまうことがあります。金属の弦に付着していると、弦が腐食して簡単に切れてしまうこともあります。

 以上のように、何十年も調律されていないと、いちかばちかの修理になることもあります。私の事務所では30年・40年調律されなかったピアノの修理のご依頼をいただくことは多いです。ほとんどの場合は、普通に演奏できるようになんとか復活していますが、毎年きちんと調律されていたピアノと近い状態になるまでには、けっこう時間も手間もかかります。
 修理を依頼される場合は、お客様のご予算もあると思いますので、どの程度の修理が必要なのか、また、最低限修理を必要とする個所がどの点かを、実際にピアノの中の部品の状態を調律師とお客様が一緒に見ながら、修理の内容を見積もってもらうことになります。

 最後に一言、「使うようになったら調律すれば良い」と思ってピアノを放置しないで下さい。限られた貴重な資源、良質の木を贅沢に使ったピアノで、日本は世界トップクラスのピアノ保有国です。ピアノを所有している限り、そのピアノをゴミにしてしまわないためにも、せめて定期的なメンテナンスをしてください。ピアノはとてもデリケートな楽器なんです!