1・良い調律・良い調律師編
長期間ぶりに調律したピアノのその後の問題点・注意点は?

<はじめに>
 思いきって長期間ぶりに調律をされたピアノは、修理する前と比べてずいぶんきれいな音になったり故障修理や掃除もされて「ピアノが生き返った〜」とほっとされるかもしれません。しかし、長期間ぶりに調律されたピアノは、どんなに手間をかけた長時間の修理や高額な修理をされたとしても、完全に復活したわけではありません。むしろ、調律する前よりもかなり不安定であったり故障寸前であったり、最悪廃棄処分しなければならない危険性とも紙一重なのです。長期間ぶりに調律をしたからには、その後に調律師から「ずいぶんピアノの状態が良くなってきましたね!」というコメントがあるまで、相当危険な状態になっていることを理解してください。「一度調律したら当分安心!」という考えでは、せっかくよみがえろうとしているピアノに幸せの絶頂を見せておいて地獄の底へと突き落とすようなものなのです。(これくらいオーバーに書けばわかっていただけるかな〜)


<心配1>
 張力がゆるんだ弦が、調律直後から元に戻ろうとする力が働いて、短期間で相当弦がゆるんできます。1本がおよそ80kg前後の力で引っ張っている弦は、硬い鋼鉄で作られていますので、一度悪いくせをつけてしまうとピンや駒で屈折している場所などのずれもあり、なかなか正しい音程で落ち着きません。仮にこの弦がふたたび大きく狂ってしまうと、次回の調律時に再び弦を大きく引っ張ることになり弦が金属疲労で切れやすくなります。1本切れると6千円から1万円以上する弦ですので、2度目の調律のほうが高い費用になる可能性もあるのです。また、弦の力がかかっているピアノのスピーカーにあたる響板も何度も大きな力をかけなおすことができるほどタフではありません。

(どうする?)

 長期間あいての調律の場合、作業終了後に必ず調律師から次回のおすすめする調律時期を伝えられます。この時期は絶対に守ってください。この時期は、調律師が実際に長期間ゆるんだまま固まった弦を慎重に引っ張りながら作業した際に、弦や弦を止めているピンや響板・駒などの負担具合を実感した上での判断です。つまりこの時期を過ぎてしまうと、次回の作業が部品に大きな負担を再びかけることになり大変危険であると考えた時期なのです。一般のご家庭で仮に20年も調律されていなかったピアノの場合は、通常次回は3ヵ月後から半年後がお勧めです。1年以上あけてしまっては、せっかく成功した長期間あいての調律も無駄になってしまいます。なお、使用状況やお部屋の環境、ピアノの傷み具合によってこの時期は異なります。

<心配2>
 長期間あいての調律は、調律というよりも修理箇所が多いこともあります。数百個もある回転部品は、すべて100分の1ミリ単位の調整が行われておりますが、しばらく演奏されていなかったピアノの部品は、木が湿気でふくらんでいたりカビが生えていたり金属のしん棒がさびていたりして動きが鈍くなっていることも多いです。部品が動かない箇所は、長期間あいての調律の際に修理すると思いますが、修理後に久しぶりに演奏することで、別の部品の動きが悪くなったり、反対にゆるくなってくる部品もあります。定期的な調律では微調整もできますが、タッチの調整全体が大きく狂った状態ではしばらく演奏したりお部屋の環境になじませたりしないと、正確な微調整はできません。ピアノの演奏はとても正確で細かくはげしい部品の運動を必要とします。鍵盤を1度押して音が出れば良いと言うレベルでは楽器として使えませんよね。音程だけでなく、ピアノの中の細かな木やフェルトの部品が落ち着くのにも時間がかかります。

(どうする?)
 長期間あいての調律後は、鍵盤の動きが悪くなったり、音の出が悪くなったり、連打がしづらくなったりする故障も起こりやすいです。演奏にあまりにも支障がある場合はその都度、修理や調整を依頼して、ある程度我慢できる範囲ならおすすめされた次回の調律時まで故障箇所をチェックしておいて様子を見てください。調律直後に故障する場合もありますが、これも部品の調整があまりにも狂っていたためにバランスが崩れて故障したり、しばらく弾かなかった部品を急に動かすことで動きのムラが出ることもあります。故障を防ぐために、事前に部品を若干ゆるくする方法もありますが、今後長く使いたい一般ご家庭のピアノの場合は、あまり無理な修理をするよりも、故障したらその都度必要最小限で修理・調整をしていくほうが、部品に余計な負担をかけることなく維持していけます。動きが悪かったり音の出が悪い状態は、これからたくさん演奏することで部品の動きもスムーズになって音の響きも良くなっていきます。
すぐに本格的な精度の高い演奏を必要とされるのでなければ、ピアノに無理な修理で負担をかけないように、2〜3年かけて徐々に「故障したら直す」を繰り返していったほうが、ピアノの部品の調整も必要最小限で済みます。1回の作業では、完全な修理は不可能であることをご理解下さい。

<最後にお願い>
 ピアノを愛する調律師は一生懸命にピアノを復活させようと努力します。ですから、持ち主のかたはピアノを今後も使いたいと思うのであれば、調律師と一緒に頑張ってピアノの面倒を見てあげてください。お金の問題はあると思いますが、ピアノという楽器を維持する上で、調律師はそんなに必要以上の費用を請求しようと思っていません。良い音で長くピアノを楽しんでいただきたいからこそ、このページでは厳しいことを書きました。