2・ピアノの維持管理編
ピアノの音の防音対策。アップライトピアノ編



 今や住宅街やマンションでも珍しくなくなったピアノですが、ピアノの音が聴こえてきて心地良く思う人もいれば、うるさいと感じたり、たまたま具合が悪くて寝ていたりすれば騒音にさえなりかねないほど、ピアノの音は音が広範囲に大きく響きやすいものです。当然、住宅街やマンションでは防音対策が気になることと思います。しかし、だからといって電子ピアノでは楽器の楽しさが本来の生ピアノとは全く違うものです。大きな木の響板や本体が振動・共鳴して響く生ピアノに対して、スピーカーの部分が決まった音域だけの音を響かせる電子ピアノは、似てるようでも違う楽器ととらえても良いでしょう。
 本来、ピアノの音はダイナミックな音から表情豊かな音色の幅広さまで、演奏者の心を無限に表現してくれる良い楽器です。ですから、せっかくのピアノの音を防音してしまうと、生ピアノの性能が台無しです。できることなら防音はしないで演奏していただきたいのですが・・・。しかし、現実問題、ご近所に対してあまりにも無神経な使い方をしていては、ご近所の方が知らぬ間に大きなストレスを抱えてしまうかもしれません。住宅街やマンション等でピアノを気持ち良く楽しむには、大きなトラブルを防ぐために演奏者自身の防音に対する知識とマナーが大切です。

(1)まずは地域やご近所の環境を考える。
 おとなりの家まで大声で叫ばないと聞こえないほど1軒1軒の間隔がはなれている場所、反対に高速道路やふみきりのそばなど日常からもともとの騒音が大きい場所では、あまりピアノの音に関しては気にしないで済むかもしれません。また、ご近所の多くのご家庭でピアノを習っていて、およそ常識的な時間帯ならすでに過去何年間もピアノを弾いて問題がない地域性や雰囲気があれば、練習もしやすいと思います。
 しかし、一般の住宅街では夜は外がかなり静かになるでしょうし、マンションでは構造によって差があるとはいえ、外が多少にぎやかな場所であっても、ピアノの音は階下やピアノが置いてあるお部屋に隣接したお宅へは、弾いている曲の内容が聞き取れるほど音が響いていることもあります。周りにほとんどピアノをお弾きになる方がいらっしゃらない環境なら、ピアノの音色自体がご近所の方にとっては違和感に感じてしまい、余計に大きな音ととらえられてしまうかもしれません。
 これから引っ越す予定の方は、ピアノを弾きやすい環境なのかも良く確認しておかないと、引っ越したあとにピアノを弾けなくなってしまうことがあるかもしれません。

(2)日頃演奏する時間を決めて、ルールがあればその時間は必ず守りましょう。
 密集した住宅街やマンションでは、ピアノを弾いている人が他にいたとしても、ピアノの音が聞こえてしまう範囲内に住むすべての人がピアノの音を心地良く思うとは限りません。まして、ご近所の方にとって自分の好きな曲でもなければ練習しているときの音は、それこそ心の隅ではうるさいな〜と思う人がいてもおかしくありません。しかし、理解ある人なら常識的な時間内でピアノの音が聞こえてくることは、今の日本のピアノの普及率を考えれば、ほとんどの人が生活音の1つとして許してくれると思います。しかし、人間にも我慢の限界はありますから、できるだけ苦情を受けてしまうことのないように工夫することも大切です。
 まず、ピアノを持っていないご近所の方の立場になって考えてみてください。ピアノの音が聞こえてくる時間が、だいたいがお子さんが帰ってくる夕方4時から6時頃にいつもピアノを弾いているとわかっていたら、「おとなりの○○ちゃんがピアノ弾き始めたわね」と日常の音としてとらえてもらえるでしょうし、ほぼ毎日30分から1時間程度練習するのなら、ピアノの音が鳴り始めたら練習が終るまで1時間以内とご近所の方も事前に予測ができるので、そんなにピアノの音が苦にならないでしょう。また、あまりピアノの音を好まない方なら、いつもピアノの音が聞こえてくる時間には、夕食の買い物に出かけたりして周りの方が工夫することもできるわけです。
 しかし、弾く時間が毎日あまりにもばらばらだと、ご近所の方があまり気分のすぐれない日だったら、こんな時間から弾き始めていつ終るんだろうかとイライラするかもしれません。また、あまりにも夜遅い時間だと起きている時間であってもピアノを弾く時間としては非常識だと思われてしまうかもしれませんし、お子さんがお休みの日だからといって日曜日の早朝からピアノを弾きはじめては、日頃お勤めの方が、朝ゆっくりお休み中のところを起こしてしまうかもしれません。
 地域によってピアノを弾いて良い時間や、弱音ペダルを使用したほうが良い時間はおよそ相場が決まっていると思います。また、マンションや大手不動産業者分譲の大型住宅地などでは、はじめから住民同士の自治会や管理規約等で楽器の演奏時間を決めている所も多いですね。こういった時間は、少しでも超過するとご近所の方のイライラが何倍にもふくらんでしまう危険性がありますから、演奏可能時間が決まっている場合にはその時間枠はきちんと守るようにしましょう。
 また、マンション等でピアノの演奏時間を規約で決めていない場合は、管理組合の役員会や総会などで積極的に楽器の演奏可能時間についての時間枠を設定するようにはたらきかけましょう。ルールはあったほうが、演奏する側は安心ですし、聞かされる側も我慢しやすくなります。

(3)日頃からピアノの音は大きいということを忘れない心遣いが大切。
 ピアノの音量は、小さなお子さんが弾いていてもかなりの音量が出ています。たて型のアップライトピアノの場合はその構造上、音源が手前よりも後ろ側に大きく響いていますので、ピアノの後ろの壁や床を伝わって意外と遠くまで音が伝達されています。普段演奏される方のタッチの強さや演奏時間、レベルにもよると思いますが、あまり曲らしくない弾き方や譜読み練習をしている段階、お友達や兄弟でふざけっこをしているようなときには、窓を閉めてから音を出すようにしましょう。また、普通におとなしく演奏される場合でも、窓はできるだけ閉めて演奏したほうがご近所へ伝わる音はかなり防げます。反対に窓を開けたまま弾いていると、かなり遠くまで音が響いてしまうばかりでなく、ご近所の方にとっては「全くご近所に対して音への気兼ねがない」と、開けっ放しの窓をみて視覚からイメージされてしまうこともあります。日中ならまだ窓を開けて弾ける住宅環境でしたらトラブルもないかもしれませんが、マンション同士が隣接していたりマンションの形状が1直線ではなく「くの字型」や「コの字型」の建てかたになっている場合は、窓を開けていると離れたお宅のお部屋まで建物の壁を伝って音が大きく反響します。住宅街でも、窓の向こう側に日中在宅されていることが多いお宅がある場合は、やはり演奏中は窓は閉めたほうがトラブルをより防げると思います。
 そして、この頃は難しくなってきましたが、もっともトラブルを回避する方法はご近所付き合いです。ピアノの音について時々でもさりげなく謝っておき、ただ謝るだけではなくて、どの時間に弾いて良くてどの時間帯だと好ましくないのか等、相手の要望を聞き入れるようにできたら安心してピアノを楽しめると思います。特に、規約等で演奏時間のルールがない場合には、となり近所の方やマンションなら階下のお宅へも個別のあいさつ程度のお付き合いはしておいたほうが無難です。

(4)根本的な防音をするなら・・・
 防音対策で効果が高い方法は、お部屋自体を防音室にすることです。楽器メーカー等が発売している組み立てパネル式の防音室の他、建築・建材メーカー等で防音リフォーム工事を行う方法もあります。ピアノの音自体は普通に室内に響いた状態で、外への音漏れを防ぐ方法です。良いものになれば防音効果も高く、演奏者にとっても自然に音を響かせることができますので(5)や(6)の方法に比べると、演奏しやすい方法です。最近では、組立て式防音ルームユニット室内での音の響きもずいぶん改良されてきたようです。
 しかし、問題点もあります。まずは、その費用です。アップライトピアノ用では安くても80万円程度はしますし、防音レベルは壁や窓やドアの質により良いものになるほど当然価格も高くなります。お部屋自体をリフォームする防音室の場合は、賃貸住宅では貸主の許可も必要ですし、退去時に原状回復の必要があれば、その費用も高額になります。組立て式防音ルームは、設置工事は比較的短期間で済みますが、ユニット自体の重量がかなり重くなりますので、防音効果の高いタイプや室内スペースが大きいのもになると、一戸建てでは床の強度の調査は必要ですし、、マンションに設置する場合でも事前の見積もりが必要です。
 そして注意点ですが、防音ルームを設置したからといって、外で聴いたときの音が無音になるわけではありません。通常の室外への音もれをある程度小さくしてくれるものです。一般の防音ルームでは、プロ用の音楽録音スタジオ等は違いますので、夜中に練習できるというものではありません。もちろん、防音室の窓やドアはピッタリと閉まっていないと何の意味もありません。
 防音ルームにできない場合には、色々と工夫をするしかありません。防音の必要なレベルに合わせて、担当の調律師にアドバイスをもらいながら、以下の(5)や(6)の方法を参考に可能な限り工夫してみてください。

(5)消音ピアノユニット(サイレント装置)を取り付ける。
 最近のアップライトピアノには、ペダルが3個ついていればほとんどの場合「弱音装置(マフラー)」という音を少しこもらせて小さく響かせる装置がついています。しかし、これでも不足ならば、「消音装置」を取り付ける方法があります。消音装置とは、ピアノのハンマーが直接弦をたたいて音を出しているものを、ハンマーが弦に当たる直前でハンマーを止めて生のピアノの音を出さないようにして、代わりに鍵盤の下に取り付けたセンサーで鍵盤の動きを読み取って電子ピアノと同じ音をヘッドフォーン等で聴いて演奏できるようにするものです。これにより、夜でもテレビの音を出していられるような時間ならば、外付けスピーカーやヘッドフォーンで練習しても大丈夫というわけです。なお、この装置を取り付けても、ピアノの中の部品は通常とほぼ同じように動いていますので、木の部品などが激しく動く音だけは聞こえますから、夜遅くに弾けば鍵盤や部品の動作音がカタカタ、コトコトとかなり大きく響きますのでご注意ください。なお、あとから消音装置を取り付ける場合、小型タイプのピアノや特殊機能付きのピアノなど一部のピアノで取付けできない機種がありますので、詳細は消音装置取付サービス店にお問い合わせください。

(6)防音室や消音装置以外で防音効果を高めたい場合には、以下のような方法があります。
(A)ピアノの裏側(響板)に防音パネルや防音ボードを設置する。(楽器店等で注文販売をしています。)
(B)ピアノの屋根の上から音源である裏側(響板)側に毛布を覆いかぶせる。場合によっては、2枚程度重ねてかぶせる。
  *ピアノの設置環境によっては湿気がこもったり、木がかびる心配がありますので、担当の調律師とよく相談してください。
(C)ピアノのキャスター部分の受け皿(インシュレーター)を防音ゴム製のものに交換する。
(D)ピアノが設置してあるお部屋の床に厚手のじゅうたんを敷く。
(E)カーテンを厚手のものにする。カーテンを2重にする。窓のない壁側にも、厚手のカーテンレールを取り付けカーテンをする。
(F)弱音ペダルを使用して演奏する。一部の小型ピアノや古いピアノで弱音ペダルがない場合には手動式の後付け簡易型弱音装置を取り付けることもできます。(弱音ペダルとは、ハンマーと弦の間にフェルトをはさんで音をこもらせることにより音量をおよそ半分程度の響きに抑えるものです。)

他にも工夫の方法はあると思いますが、何もしないよりは少しでもできることをしておくことが、住宅街の中でピアノを長く楽しむ上で必要ですね。そして、ご近所の方へピアノの楽しさを伝えてピアノファンを増やすことも、良い方法の1つですね!