3・ピアノの状態編
ピアノのタッチが重い、または軽いんだけど


●はじめに


 ピアノの鍵盤の弾き心地「タッチ」が重く感じたり軽く感じたことがある人は多いでしょう。ピアノの場合、通常は自分の楽器を持ち歩いて演奏するわけではないので、自分のもの以外のピアノで演奏する機会もあると思います。他のピアノを弾いたときにはタッチの違いが気になることがあると思います。
 ピアノのタッチの違いの原因は鍵盤の重さ自体が違う場合の他にも、多くの原因が考えられます。鍵盤のタッチの違いの理由についての例をあげてみます。ここでは演奏者にわかりやすい範囲で大きく2つに分けました。
 なお、タッチの調整は修理・調整ができる調律師に相談・依頼してください。

●ピアノ側に原因があるとすると・・・

 長期間調律師にタッチの調整を頼んでいなかったり、あまり弾きこんでいない場合や、湿気が多く部品に含んでしまった場合、反対に過乾燥であったり長時間の演奏や激しい演奏をされたピアノの場合、部品の動き自体が不自然になっていることがあります。
 タッチの感覚を決める調整部品は、100分の1ミリ単位や10分の1ミリ単位で細かく調整しなければならない多数の部品を調整してバランスをとることでベストな状態になります。その内容は、部品名も専門用語だらけになりますから、ここでは説明を省略します。
 多くの調整項目の中で1つだけ鍵盤部分を例にあげてみましょう。ピアノの鍵盤を押し下げるための基準値は決まっています。鍵盤を押し下げることができる「深さ」は世界共通の基準値でほとんどのピアノがその基準値に設計調整されています。また、鍵盤の先端(手前)にかかる物理的な「重さ」も、おもりを置いたときに鍵盤が静かに下がる重量が決められています。しかし、ピアノのサイズや内部部品の寸法や形状の違いによって、より自然に多くの演奏パターンに対応できる調整値に差が生じることがあります。こういったことから調整基準にはある程度の許容範囲があり、これらはわずかな差ですが、演奏者にとって違和感になることも多いです。

 タッチを変更する場合、「重くしたい」「軽くしたい」とご依頼いただくことが多いです。しかし、調律師側では物理的に鍵盤にかかる重量を変える方法である「鍵盤に埋め込まれているおもり(鉛)を追加したり減らしたりする作業」は、どちらかといえば最後の手段です。実際には演奏者の手の指の長さや、手の大きさ、普段演奏される曲の内容や演奏の仕方をみて、演奏者がどのような点を重くまたは軽く感じているのかを分析します。そして、数多くある調整部品の中のどの部品の動きを調整すると「演奏者が弾きやすく感じる動き」になるのかを判断するのです。多くのカラクリとテコの原理で動く内部の部品は、その1つの動き方が変わるだけでもタッチの「くせ」が変わります。あまりにかたよった調整をしてしまうと、特定の弾き方をした場合に音が出にくかったり、しっかりした音が出なかったり、連打やPPの演奏がしずらくなったり、ハンマーがリバウンドして正確な演奏ができなくなることもありますので、極端なタッチ変更はむしろしないほうが良いこともあります。
 なお、物理的に鍵盤にかかる重量を重くする調整方法をとる場合は、重くしすぎると、けんしょう炎になりやすくなるかもしれません。タッチを調整してもらった直後に少し弾いただけではわずかしか差を感じなくても、長時間弾いているとその差を大きく感じてくるものです。

●音色や響き方に問題があることも・・・

 ピアノの部品の調整は全く基準値通りになっていても、ピアノの音色や響き方によって感覚的にタッチが重く感じたり軽く感じたりすることがあります。実際に「タッチ変更」をご依頼いただく中で、実はこの「音色・響き方」の問題を解決することで改善してしまう事例も多いのです。もちろん「音色・響き方」を変更することで改善できるかどうかは、初めから演奏者が判断をしなければならないことではなく、ピアノそのものの音色の特徴や設置してあるお部屋の響き方の状況と演奏者が感じている感覚やご要望から調律師が判断することです。何しろ演奏者自身には重く感じるものは重いし、軽く感じるものは軽いと思って調整をお願いするわけですからね。
 例えば、よく音の響くピアノや、固めの音のピアノ、鉄筋コンクリートやフローリングの床のお部屋、室内にあまり家具や荷物がないお部屋のようによく反響する部屋にあるピアノでは、軽い力で弾いても楽に大きな音が響くので、タッチは軽く感じます。
 反対に、まるい音色・やわらかい音色のピアノや、荷物が多かったり厚手のカーペットが敷いてあったり、畳のお部屋のように音が吸収されやすいお部屋に設置してあるピアノは、軽い力で弾くと音が演奏者に跳ね返ってこないので音が響いていないように感じて、演奏者はより力を入れて演奏しますのでタッチは重く感じます。
 ちょっと極端ですが、わかりやすい例をあげますと、アップライトピアノに多く見られる真ん中の弱音ペダル(マフラーペダル)で試していただければ簡単に体感できます。弱音ペダルは音量を約3分の1から2分の1にしますが、このペダルを使って演奏すると同じピアノなのに、ものすごくタッチが重く感じられますね。ところが、鍵盤の先端におもりを置いて鍵盤にかかる力を計測しても、弱音ペダルを使っているときと使っていないときで重さには何の変化もないのです。それなのに重く感じてしまうのは、同じ力で演奏したときの音量が小さくなり、響きも悪くなったからです。
 同じ強さで弾いたときに大きい音が出やすいか出にくいか、よく響くかが、鍵盤の重さの感覚として差が出るのです。

●まとめ

 タッチの変更作業は、そのときに演奏している曲がたまたま弾きづらいからという理由だけで簡単に変えることは、できれば避けたいものです。しかし、タッチの調整そのものが狂っているのであれば、これはきちんとピアノに合ったベストな状態にしておくべきです。なお、タッチの変更作業は、内容によって多少技術料金が高くなることもありますので、どの程度のタッチ変更が必要なのかも含めて事前の打ち合わせと費用の見積もりは必須です。

 ピアノ1台1台に設計の違いや音色の個性がありますから、購入する際により自分に合ったタッチのピアノを選ぶことは大切です。その上で変更する場合には、じっくりと調律師と相談して少しずつ調整を変更してもらいましょう。今回は2つの例をあげましたが、もちろん両方の要素を並行して調整作業をしたり、お部屋の響き方を整える工夫をしていただくことが多いです。