3・ピアノの状態編
弦が切れたらどうする?

 ピアノの弦が演奏中に切れた経験があるかたもいらっしゃるかもしれません。一般には、音楽教室に普通に通っていらっしゃる小学生くらいのお子さんが演奏中に弦を切る確率は、ピアノの全体の数から考えると非常に低いです。しかし、1本が1ミリ前後の金属をおよそ80kg前後の力で引っ張っているピアノの弦は、演奏するときには激しくハンマーがたたきますし、調律する際にも弦を引っ張りますから新しいピアノであっても切れることはあります。

[弦が切れたら]
 結論から述べましょう。弦が切れたとわかったら
すぐに演奏をやめて調律師に連絡し、弦の張り替えを依頼して下さい。切れた弦は、その切れはしが他の弦や音を止めるダンパーという非常にやわらかくデリケートな部品に引っかかっている可能性があります。そのまま演奏を続けるとこれらの部品が壊れることがあります。

(参考)ほとんどのピアノは、中音部・高音部の弦は1本の弦を2つ折りにUターンさせて張ってあります。つまり2本分を1本の弦で張ってありますから、1ヶ所切れると切れた弦が外れずにほかの弦や部品に引っかかることが多いです。低音弦など1本張りの弦の場合は、切れた弦がはじけ飛んで外れることが多く、アップライトピアノの場合は底板に落ちることが多く、グランドピアノの場合は、外れた弦をピアノの中から取り出すこともできます。

(注意)切れた弦は絶対に捨てないで下さい。ピアノの弦の太さ・長さ・種類は、ピアノのメーカや機種、場合によっては製造番号によっても異なります。特に低音弦(銅巻弦)の場合は1本1本寸法が異なり、どの音の弦が切れたということがわかっていても、張り替える弦の寸法はわかりません。一部のメーカーの場合は機種がわかると弦の寸法はわかりますが、弦の仕入先がメーカーからの直仕入れでなくピアノ部品提供会社や弦製造メーカーからの仕入れの場合には、切れた弦の現物がないと寸法がわかりませんし、メーカーですべての機種の弦の寸法を記録・保存しているわけではありません。基本的に、ピアノの弦は切れた弦の寸法を測って同じ寸法のものを張り替えします。

[弦張り替えの依頼方法]
 弦が切れた場合は、
切れた弦の鍵盤の場所「上から2つ目のラの音」など、わかっている場合には、どの鍵盤の弦か、良くわからない場合は切れたと思われる音がどのあたりか「上から2つ目のソ、ラ、シのあたり」などと、調律師に伝えます。毎年担当している調律師ならお客様のピアノの機種を記録してありますが、そうでない場合は、ピアノのメーカー名と機種も伝えます。機種はアップライトなら一番上のふたを上に持ち上げればほとんどのピアノはねじを回すことなく中の鉄骨をのぞくことができます。鉄骨の上に書いてあるアルファベット(例:U3、A30、等)や数字(例:1548756、等)が機種や製造番号です。

[張り替え完了までの過程は?]
 調律師に弦の張替えを依頼すると、お客様宅にお伺いして切れた弦の寸法を確認いたします。
*中高音の弦の場合
 切れた弦の太さを調べます。弦の太さがわかると持ち合わせの弦があればその場で長さを測って張替えができます。1本張り替えるのに、切れた弦の場所やピアノの機種にもよりますが、およそ20分から40分程度が一般的な作業時間です。
*低音の弦(銅巻き弦)の場合
 切れた弦をお預かりして弦の寸法を計測します。弦の太さのほかに巻いてある銅の太さや巻き始めから巻き終わりまでの位置など100分の1ミリ単位で計測します。この寸法を弦を製作する会社に注文をして、後日新しい弦をお持ちして張替えいたします。1本張るのに、切れた弦の場所やピアノの機種にもよりますが、およそ15分から30分程度が一般的な作業時間です。

[弦張り替えの費用は?]
 弦張り替えの費用は、調律代金などと同様にお店によって多少の差があります。東京都周辺の現在(2004年)の相場では、高音弦が1本5千円から8千円くらい、中音弦が1本6千円から9千円くらい、低音弦が1本8千円から1万2千円くらいが多いようです。機種によっても弦の種類が異なりますから金額に差があります。また、低音弦の張り替えのように2度出張する必要がある場合には、出張費1回分がさらに必要な場合もあります。

[新しい弦のその後は?]
 1本だけ弦を張り替えると、当然1本だけ新しい金属線になります。ピアノの場合、弦を引っ張っている力が強く、その音も大きいことから、弦の振動の仕方は金属が新しい状態から落ち着くまでの時間とともに変化します。問題点は2つあります。
*音色の差
 新しいピアノは比較的明るく軽く、キンキンした感じの音が出やすく、時間の経過とともに伸びのある音、深みややわらかい落ち着いた音が出るようになります。つまり、1本だけ張り替えた場合は周りの弦と音色に差が出てしまうのです。この差はピアノが古ければ古いほど新しい弦との差が大きく、低音弦のほうがその差が目立ちやすくなります。ある程度年数がたつと差が感じなくなることもありますが、何年たっても音色のムラがなくならないこともあります。
*音の狂い
 新しい金属線は非常に伸びやすく、張り替えた直後は、一度音程を合わせても直後に半音以上狂います。弦を張り替えた場合、その場で弦を良く伸ばし、切れた弦の調律も数回繰り返しますが、それでもその弦だけが異常に音が狂ってしまいます。色々な対処法はありますが、その場の状況やお客様の使用状況を見て調律師が対策をします。しかし何れの場合にしても、近いうちに再度張り替えた弦の調律をしなおさないと、曲を弾いていてかなり気持ち悪いくらいおかしな狂いかたをします。張り替えた弦の音の狂いについては弦を張り替えた際に、担当の調律師と良く相談して下さい。

[弦にメーカーってあるの?]
 弦を製造するメーカはいくつかあります。ピアノ製造メーカーが直接提供する場合のほかに、ピアノの弦製造専門の会社があります。日本では「スズキ」が有名で、海外製では「レスロー」が有名なメーカーです。弦を張り替える際に特に要望がなければ日本製のピアノには国産弦を使用することが多いです。どのメーカーの弦が良いか、その特徴は?といったところは、演奏者の好みによっても判断が分かれますので、ここで述べることは難しいです。ただ、現在の弦の品質は非常に高く、日本国内で普及している弦は耐久性や表現力に粗悪なものはみかけません。
(余談)
 ベートーベンやリストのころのピアノの弦は、今よりも金属の質が悪くて、1回のコンサートでピアノの弦の半分が切れてしまったと言う記録が残っているほどです。もちろんベートーベンやリスト達はそのようなピアノに対して常にピアノ製造技術者により丈夫な弦のピアノ作りを要求しており、徐々に今のような弦が切れづらいピアノが完成しました。しかし、それでも弦が切れない保証をつけられるわけではないので、製造時には弦の寸法をピアノの内部に記録したり、張り替え作業が可能な弦の張り方をしています。

[弦の種類ってあるの?]
 現在のピアノは、中高音部が太さと長さが決まった銀色の弦(鋼鉄線)、低音部が、太さと長さと巻き線の太さと巻き始め巻き終わりの決まった弦(銅巻き弦)を使用しています。珍しいところでは、巻き弦に銅ではなく銀を巻いたものや、弦の断面が6角形をした6角弦などもあります。昔は鉄製やしんちゅう製の弦でした。
(余談)
一般に「ピアノ線」と呼ばれているものは、ホームセンターなどでも販売されていますが、これらはピアノの弦が丈夫な金属線であるところから丈夫な金属線(針金)のことを「ピアノ線」と呼んでいます。1本の金属線が耐えられる重さ(張力)を「破断限界」と呼びますが、およそ20kg以上であればピアノ線として店頭で並んでいるようです。実際のピアノの弦は「ミュージックワイヤー」と呼ばれているもので、1ミリの太さの弦で破断限界は100kg以上ある丈夫なもので、太さも100分の1ミリ単位の精度が求められます。ですからホームセンターなどで売っているピアノ線をピアノに張ることはできません。

[弦を切れづらくするこつは?]
*弦が切れる原因
 現在のピアノの弦は丈夫になりましたが、それでも切れることはあります。弦が切れる原因は、いくつかあります。サビによるもの、キズによるもの、激しすぎる演奏によるもの、老朽、金属疲労などです。
*切れづらくする対策は?
●サビは、冷暖房器具による急激な温度変化による結露や加湿器、台所からの蒸気によって弦にさびが発生します。ピアノの弦は、楽器として美しい音色を出さなければならない上、非常に強い張力がかかっているために、基本的にさびとり剤やサビ止め油を普通の金属のように大胆に処理することができません。特に加湿器や台所からの蒸気には、水道水などに含まれる不純物が飛んでしまうことから、弦のサビの進行が早いことがあります。これらのことは、演奏者自身がピアノを守らなければならない点です。殺虫剤などもピアノの弦を腐食させることがあります。
●激しすぎる演奏の基準を述べるのは難しいのですが、比較的鍵盤を押し込んで弾く弾き方は弦が切れやすくなります。鍵盤をたたくときに最後に力が抜ける弾き方(ボールが弾むような弾き方)のほうが、同じ音量で演奏しても弦への負担が減るようです。しかし、あまり演奏方法について制約をすることは、楽器を楽しむ上でマイナスになりますね。
●金属疲労という点では、長時間の演奏によるものや年月の経過によるもので、これは防ぎようのない点です。現在の弦は2万回以上たたかれると切れる確率が半分程度というデータもあります。あまり演奏しなくても50年以上経過すると金属が老朽化しており、耐えられる張力も弱くなっています。
●音が大きく狂ったまま演奏を続けたり、長期間放置して調律をしないと、徐々に伸びて音が狂った弦は引っ張られる力が狂った状態で落ち着いてしまいます。弦には数箇所折り目もついており、この位置もずれてしまうと、調律をしなおしても弦が落ち着かず、悪いくせが抜けるまで音が狂いやすくなったり雑音が出やすくなったりします。また、音が大きく狂った弦は調律する際に弦を引っ張る量も大きくなりますから、それだけ弦に大きな負担をかけることになり、当然切れる確率も高くなります。調律師がおすすめする定期的な調律の期間は、ピアノ部品を長持ちさせるための大事なメンテナンスのタイミングなのです。
●弦をたたくハンマーは、長期間演奏されると弦の当たった場所が徐々につぶれたり削れたりして平らになっていきます。ある程度ハンマーの先端に弦のあとが深くついたらハンマーの削りなおし(ハンマー整形・ファイリング)を調律師に依頼してください。弦にハンマーが食い込むまでハンマーが平らになった状態で演奏されると弦の劣化を早めてしまいます。雑音や音の早い狂いの原因にもなります。手作業でハンマーの先端を丸く削りなおす作業は通常ハンマーを交換しなくても何度か繰り返してできます。
●グランドピアノの場合は、上のふたを開ければ弦がむき出しですので、キズやサビには特に注意が必要です。弦の上に物を落としたり、掃除機などを弦にのをぶつけると小さなキズがつきますし、弦を手で触わると手のあぶらなどが弦についてサビが発生します。

[弦が切れたかどうかどう判断したら良いの?]
 グランドピアノの場合は、上のふたを開けると弦が見えますから、弦が切れているかどうかわかりやすいと思います。アップライトピアノの場合は、演奏中に「バチン」という大きな音がしたり、切れた弦がほかの弦にふれてガシャガシャと音を立てれば切れたことがすぐにわかると思いますが、1本張りの低音弦の場合や、たまたま演奏していないときに弦が切れて、たまたま切れた弦がほかの弦に接触しなかった場合は気付かないことがあるかもしれません。しかし、なんか変だなと思ったら調律師に来てもらい点検してもらってください。なお、低音部分のおよそ1オクターブ前後あたりは1つの音に対して1本の弦しか張っていませんので切れると音は出ません。しかしそのほかの部分では2本ないし3本の弦が張ってあるため、1本切れても音は出ます。ただ、弦が減る分音量が小さくなりますのでこの点も弦が切れたかもしれないと疑ってみてください。

[調律の方法が下手で弦が切れるってある?]
 ピアノの弦は、自然に切れることよりも、演奏中や調律中に切れることが多いです。演奏中はハンマーが弦をたたきますし、調律する際はゆるんだ弦を引っ張って正しい音に合わせますので、演奏中以上に弦に力がかかります。
 調律中に弦が切れた経験がある方もいらっしゃると思いますが、これは
調律師のせいで切れたわけではありません。ピアノの弦はピアノの設計や弦の音域部分にもよりますが、どの音域でも通常半音くらい余計に高い音程まで弦を引っ張っても切れません。調律師は半音の100分の1(1セント)単位で音程を判断していますので、違う音に合わせるほど耳は悪くありません。あくまで弦が切れる原因は上で述べたものが原因ですので、たまたま新人の調律師や初めて依頼した調律師が来て弦が切れたとしても調律師のせいにしないで下さいね。ピアノの弦が切れることによるその後のメンテナンスの大変さは「新しい弦のその後は?」で述べた通り、音色のムラや異常な音の狂いなど調律師にとっても苦労がありますから調律師も弦は切れて欲しくないのです。
 つまり、調律時に弦が切れた場合でも、弦の劣化が原因ですから張り替え費用はお客様の負担になります。楽器店で購入時につくメーカーや楽器店独自の保証期間内の場合には無料になることもあると思いますが、弦の劣化はお客様のお部屋の環境と演奏方法に大きく影響されますので、定期的に調律をすれば絶対に切れないということはなく、調律をしているからといって絶対に切れないという保証は付けられる性質のものではありません。