2・タッチの基準値と内部部品(アクション)の調整方法。
a:アップライトピアノのタッチ調整。

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 ピアノは歴史のある楽器の中でも特に部品の数が多い楽器です。演奏者が弾く鍵盤のタッチによって幅広い表現を可能にするために、多くの物理的なカラクリがバランスよく動作することで、演奏しやすいピアノになります。楽器の機種によっても設計や部品の材質・寸法に違いがあり、演奏者の手の大きさや指の長さ、鍵盤タッチのくせや好みによっても、ピアノのタッチの調整方法は異なります。ここでそのすべてを述べることは、ケースバイケースも含めるととても不可能なことです。ここでは、代表的なピアノのアクション(内部部品)の調整基準値や調整方法、使用工具などを紹介します。
*左側の写真は、クリックすると大きなサイズの画像が表示されます。
■ハンマー間隔調整

 ハンマーは、鍵盤がたたかれるスピードのおよそ5倍近くの速度で激しく動作しています。演奏する上でも音色やタッチに影響する重要部分です。羊毛のフェルトでできています。もともとは、ピアノ1台分で1本の横長のものを機械で88個の音の数に切断して取り付けられています。各音の音色のムラや重量の差を防ぐためです。
<目的>ハンマーの間隔調整は、となり同士のハンマーが動く際にぶつからないようにすること。そして、ハンマーが1つの音に1本から3本張ってある弦に対して中央をたたくように調整します。
<調整方法>ハンマー部品をとめている根元のねじをゆるめて締めなおすことで、間隔をそろえます。
<主な使用工具>ねじを回すための柄の長いドライバー。根元の木のそりを修正するための薄紙。
■ならし(鍵盤の高さ調整)

 鍵盤の上面の高さは、あまりにも不ぞろいですと、演奏者も弾きづらいと思います。上の写真は、誤差0.03mm以内のアルミ製のL型定規で鍵盤上面の高さのバラつきを調べているところです。定規の下にわずかなすき間がある鍵盤は、他の鍵盤と比較して高さが低いということになります。ある程度の許容範囲はありますが、通常は工場出荷時やタッチの再調整時に0.1mmから0.05mm以下の誤差に調整します。
<目的>演奏時に弾きやすいように鍵盤上面の高さをそろえる。鍵盤の上下運動位置を正しく調整することで、他の部品の動きも正しく連動するように、設計基準である「棚板(鍵盤が乗っている板)の上面から白鍵盤上面までの高さ」を正しい設計値にそろえます。黒鍵盤の上面の高さは、通常、白鍵盤の上面から12mm上の高さにそろえます。
<調整方法>棚板からの高さで基準をとったあと、鍵盤上面の高さのムラを調べて、鍵盤中央にあるバランスピンの下に各厚み別の調整用の紙を入れたり出したりして高さをそろえます。
<主な使用工具>ならし定規。精度の高い定規。バランスパンチングペーパー(高さ調整用の各厚み別の紙)。
■鍵盤間隔・角度調整

 鍵盤の高さをそろえる作業と同時に、鍵盤の間隔や角度の傾きも調整します。
<目的>鍵盤同士がぶつかり合って演奏中にガタガタ音がしないように、鍵盤同士のすき間を確保してそろえます。鍵盤上面が傾いてしまっている場合も、演奏のスムーズさに影響するだけでなく、鍵盤同士の接触の原因になるので修正します。
<調整方法>鍵盤の間隔は、鍵盤の手前下にある「フロントピン」の角度を調整することで修正します。鍵盤上面の傾きは、鍵盤中央の下にある「バランスピン」の角度を調整することで修正します。
<主な使用工具>キースペーサー。
■あがき(鍵盤の深さ調整)

 鍵盤を押し下げた時の深さをそろえて、すべての鍵盤の運動量をそろえます。
<目的>演奏時にどの鍵盤を演奏しても同じ指の動きで同じ強弱や表現がしやすいように深さを基準値に合わせてそろえます。ピアノの設計や音色の特徴なども考慮し、深さの基準値を理論値の許容範囲内で、さらにピアノに合った調整値を決定します。演奏者の手や指の個人差も考慮して調整値を決定することもあります。深すぎたり浅過ぎたりすると、演奏者にとってタッチが重く感じたり表現コントロールがしづらくなったりします。
<調整方法>鍵盤の深さは、鍵盤の先端に近い部分(または、演奏される際に主に指がのる位置)で、鍵盤静止位置と鍵盤上面と鍵盤を押し下げた時の上面との高さの差を測り、基準値に調整します。あがき定規で同じ力で押し下げたときのあがき定規と静止状態の鍵盤上面の高さが同じ状況になるようにそろえ(下の写真)、さらに複数の鍵盤を同時に押し下げながら、押し下げた状態での、となり同士の各鍵盤上面の高さがそろうように微調整をします。深さを変更するには、鍵盤下側の手前にある「フロントピン」にある各厚み別の調整用紙を入れたり抜いたりして調整します。現在の主なピアノの基準値は深さ10mmで、9.5mmから11mmの範囲内の調整値で調整されています。
<主な使用工具>あがき定規、フロントパンチングペーパー。
■から直し(ロス直し)

 鍵盤の動き(運動)が、物理的にロスなくハンマーなどのアクション部品に伝わるように調整・修正します。
<目的>鍵盤の動作を正確に無駄なく伝えるために、「キャプスタン(ポスト)」の前後左右位置と上下位置を調整します。鍵盤部分がのっている板(棚板)のそりや、鍵盤の高さや深さの調整の狂いによっても、ハンマーなどのアクション部分との高さや角度の差が生じることがあり、これを修正します。「キャプスタン(ポスト)」の前後左右位置は、物理的な力の方向や角度(てこの作用)に影響があるため、タッチの感触に大きく影響します。上下位置が狂うと、鍵盤に伝わる値から加減やハンマーなどの部品の動作に不具合が出ます。
<調整方法>キャプスタン(ポスト)という、鍵盤の一番奥の部分にあるポールの前後左右位置を、専用の工具でそろえます。前後位置の決定は、ピアノの機種や演奏者のタッチの好みによって基準値が若干異なります。上下位置は、鍵盤先端の部分を動かしたときに、ほぼ同時にキャプスタン(ポスト)と動きがすぐ上にある「ウィペン」という部品を押し上げ、ハンマーが連動するようにキャプスタンをまわして調整します。
<主な使用工具>ワイヤーベンダー、ワイヤープライヤー、キャプスタンレンチ。
■打弦距離調整 

 ハンマーと弦との距離を最適値に調整します。
<目的>鍵盤を押し下げたときの深さが約10mmの運動をしますが、これに対して「てこ」などの運動によってハンマーは弦までおよそ48mmの距離を運動します。ピアノが設計されるときに、ピアノのサイズに合わせて数多くの部品の寸法が決められていますが、特に演奏者にとって鍵盤タッチの重さの感覚は重要事項です。鍵盤とハンマーの運動量は、いわば、演奏者の手から音を発するまでのはじめと終わりの関係で、ハンマーの運動量=ハンマーと弦との距離は、ピアノの設計に合った最適値で調整されなければなりません。なお、タッチを演奏者の好みに合わせて変更する際に、運動量の関係から打弦距離を変更する場合もあります。
<調整方法>ハンマーが静止しているときは、ハンマーレールという金属製や木製のレールにフェルトやクロスが張ってあるレールによりかかっています。このレールの前後位置やクロスの厚みを変更することで、打弦距離を変更します。
<主な使用工具>専用工具は特にありません。
■レットオフ(接近)調整 

 鍵盤の動きは、弦をたたくハンマーへ伝えられますが、ハンマーが弦をたたく数ミリ手前に到達したところで鍵盤の動きをハンマーへ伝える力が「カット」されます。このタイミングを調整します。
<目的>鍵盤をゆっくり押し下げていくと音は出ません。ピアニッシモの演奏などで鍵盤をしっかりたたけなかったり力が弱すぎて音が抜けてしまった経験はあると思いますが、これはレットオフという調整が行われているためで、異常や故障ではありません。仮に鍵盤を押し下げていったときにハンマーが弦にあたるまで力が伝わり続けてしまうと、鍵盤を押したままで静止すればハンマーが弦にくっついたままになり音は「ポン」とこもった音がするだけで、本来の音が響きません。あくまで、ハンマーは弦を弾むようにたたかなければならないのです。演奏者が鍵盤をスタッカートを弾くときのように常に弾んでひかなくてもハンマーは弾んで弦をたたきます。
また、このレットオフという動きの脱進は、同じ音を続けて演奏する連打など鍵盤の早い動きをより忠実にハンマーへ伝えるためにも重要です。この調整が狂うと、連打がしづらかったり強いタッチで演奏したときに音が響かずにこもってしまったり、ピアニッシモやフォルテッシモの演奏表現ができなくなるといった不具合が出ます。
<調整方法>鍵盤または、ウィペンをゆっくり動かしながら、ハンマーが弦の数ミリ手前で弦からすっと離れる位置をレギュレーティングスクリューという調整用のねじをまわして調整します。この基準値はピアノの設計によっても多少異なりますが、一般的に2ミリから4ミリ程度になっています。
<主な使用工具>レギュレーティングスクリュードライバー。

まだまだ続きます・・・

次回更新をお楽しみに!