1・良い調律・良い調律師編
使っていないピアノのメンテナンス

<はじめに>
 お子さんのために買ったピアノが、ピアノ教室にも通わなくなり誰も弾かないまま荷物置き場になっている・・・、というピアノは日本国内に相当な台数があると想像されます。弾かなくなると音も悪くなっているんだろうなぁ〜調子も悪くなっているかもしれないな〜と思いつつも何年も経過してしまうことがあるかもしれません。そこまでいかなくても、お子さんの受験の時期だけ半年から1年ピアノをお休みするという方もいらっしゃいます。本当は、ジャンルを問わず簡単な曲でも、時々気分転換程度に弾いていただければ良いのですが。
 このようなときに、まず悩むのが調律だと思います。使っているときは正しい音で気持ちよく弾きたいので調律も時期が来れば気になっていたのが、誰も弾かないのに調律する必要ってあるのだろうか?1回やらなければ1万数千円のお金が浮くな〜と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ここでは、弾かないピアノの状態の問題点と対処法を説明いたします。

<調律の間隔を伸ばしたいんだけど・・・>
(1)「弾かないから音が狂っていてもかまわない」、「弾くようになったら調律する」という考えは、ピアノの構造をご存じない方には当然の判断だと思います。
(2)「弾いていないからそんなに音は狂っていないはず」という考えは、ピアノという楽器の表現力のすばらしさや、デリケートで複雑な構造のピアノの調律やタッチの調整の難しさをご存じない方には、当然の判断だと思います。
 これら2つの考えはもちろん間違っています。
 音が狂う原因は、一般ご家庭のピアノのほとんどの場合が「音が狂いにくくする方法は」で述べた音が狂う原因のうち、弾いて音が狂う量よりも、お部屋の温度湿度の変化による木や金属弦の伸び縮みの繰り返しによる狂い、強い力で引っ張っている弦が自然にゆるんでくる狂いの割合のほうが大きいので、毎日激しいタッチでお弾きになる方や長時間お弾きになる方のピアノでなければ、弾いても弾かなくても音の狂いに大差はありません。

(どうする?)

 ほとんど弾いていないからピアノの調律を延ばしたいと考えている方へ一概に「2年に1回でも良い」とか「5年くらい調律しなくても大丈夫」とは言えません。しかし、1年に1回の調律をやらなくても良い場合もあります。この目安をできるだけ経費を節約した考えで判断するならば、どの位の期間でピアノに悪影響が出るほどの狂いが生じるかがポイントになります。これは、お部屋の温度変化・湿度変化の激しさと、ピアノの機種や設計の特徴による木や金属弦の状態をみて判断できます。
 客間に置いてあってめったに冷暖房をされないお部屋ならば調律の間隔はあいても大丈夫な場合もあります。逆にリビングや冷暖房器具のある子供部屋など人が出入りして1日や年間を通して温度・湿度が常に変化するお部屋に置いてある場合は、全く弾かなくてもピアノの音以外にタッチの具合を決めている数千もの部品の状態にも狂いが出ますので、調律以外にもこれら部品の点検が必要なため、あまり調律の間隔をあけるのは好ましくありません。
 ピアノを処分する予定がないのであれば、調律をどうしても節約して間隔をあけたい場合、調律師に「精一杯伸ばせる期間」を判断をしてもらってください。調律をあけることによる危険性は下記の通りです。それらを承知の上で経費削減をされるのであれば調律師も、お客様のピアノの状態に合ったピアノの変化を予想しながらどこまで間隔をあけていくことが可能かを診断いたします。

<調律の間隔を伸ばすことによる危険性>
(1)弦がゆるみすぎた状態で落ち着いてしまい、いざ調律しようとしたときに弦に狂い癖がつき調律してもすぐに音が狂ってしまう。狂っている期間が長いために調律した状態のほうが木や鉄骨などとの密着性が悪くなり雑音が出やすくなる。弦が切れやすくなる。
(2)暖冬、猛暑、長い梅雨など毎年季節の変化にも差があり、ピアノの中の湿気の含まれ具合にも差があるので、たまたま湿気が飽和状態になり木がかびたり弦に急にサビが多く発生しても、前回の調律から1年以上期間があいてしまうと早めの対処ができないばかりか、お部屋の冷暖房などの使われ方や気候条件による影響の度合いに対してピアノに合ったアドバイスができなくなり、ピアノの寿命を縮めてしまう。
(3)ピアノの中に多く使われている羊毛の部品に虫がつくことがあり、弾かないことで虫がついた際に虫食い被害の進行が早くなる。調律の期間があいていると、虫食いの被害の発見も遅くなり、高額な部品交換費用が必要な場合がある。
(4)期間があいての調律では、音の狂いも数千に及ぶタッチの調整箇所の狂いも大きくなり、調整作業も全体のムラをなくすことに時間がかかり、ピアノの安定性が失われていると細かな調整や一歩工夫した作業があまりできず、ピアノそのものが持っている最大限の性能を引き出すことができなくなる。
(5)年数とともに変化するピアノの木や金属の状態に合った調整ができないために、タッチが悪くなったり音の響きが悪くなる。

(どうする?)
(1)については、調律師と良く相談して仮に2年に1回のペースに延ばすことが可能な場合でも、定期的な連絡を調律師からしてもらうように依頼してください。使っていないと2年3年はあっという間に経過してしまうものです。弦が何本も切れれば数万円の費用がかかりますし、調律できないほど弦や木が痛んでいたら高価なピアノも処分費用がかかる粗大ごみになってしまいます。
(2)については、ピアノのそばでできるだけ冷暖房器具や加湿器を使わないようにしてください。温度・湿度の変化を減らすことが調律期間を延ばせることにもなります。特に、冷暖房器具の風がピアノに当たらないようにしてください。木がそったり割れたりしたら修理ができないこともあります。
(3)については、虫予防には、ピアノ専用の防虫剤を入れておく方法があります。一般の防虫剤は、ピアノの弦をさびさせてしまう心配があるものもありますが、反面、ピアノ用の防虫剤は洋服ダンス用の防虫剤よりも、弦への影響を考えて防虫成分が弱いものもあります。調律師と相談して予防してください。なお、防虫剤は異なる種類のものを同時に入れると化学変化により悪臭が出たり薬が溶け出して部品をいためる場合もありますので防虫剤は1種類に限定してください。
また、鍵盤を動かさないと虫がついた場合に繁殖する危険があるので、平手打ちでも結構ですから、できれば1週間に1回、少なくとも1ヶ月に1回は、虫退治だと思ってすべての鍵盤をたたいて動かしておいてください。鍵盤をたたくことで鍵盤下のクッション等についている虫がつぶされたり飛ばされたりして虫が死ぬ確率は高くなります。
(4)については、調律期間を延ばしたピアノは、音だけでなくタッチの狂いが大きいわけですから、調律直後も決して良い状態ではありません。徐々に大きく狂ったものは、正常な状態に戻すのに徐々に時間をかけて戻していかなければならないということをご理解下さい。ピアノは音もタッチも非常に精密な調整が必要で、音域も広いことからバランスを取るのにも難しい楽器です。オン・オフ、イエス・ノーという単純な楽器ではありません。
(5)については、調律の期間はあけても、日ごろ多少でもピアノを弾いてくだされば、部品の動きのスムーズさを維持することはできますし、響きの良さもある程度は維持できます。調律を節約される代わりに、せめて弾くなり鍵盤をたたくなりはしてください。


弾いているときよりも弾かなくなったピアノのほうが、危険がいっぱいあることをわかっていただけましたでしょうか?